前編に続き、後編は作品制作、絵本についてです。
→「犬になった王子 チベットの民話」 作:君島 久子 絵:後藤 仁
作品制作のとき、集中して取り組むときはどういう時ですか。集中できるコツについて
私は極めて高く集中をして絵を描きます。雑用が続いた後、集中力を高めるには何時間もかかる事もあります。墨をすりながら、または胡粉(ごふん、白色の絵の具)を溶き下ろしながら、集中力を高めていきます。そして、だんだんイメージが噴出し集中力が増し出すと止まりません。制作の佳境時には物狂おしい心境に至ります。
だから、取材などのデモンストレーションで行う以外、本当の制作時は他人には決して見せません。多分、尋常では無い目つきと姿態で描いているからです。
好きな音楽(クラシック、民族音楽、姫神、さだまさし、中島みゆき など)をかなりの大音量でかけて恍惚状態でいる時もありますし、さらに集中が必要な箇所(目鼻の描写や毛描きなど)では逆に音一つならさずに描きます。
気持ちを引き締める為に突然大声を出したり、変な挙動をしたりします。こんな具合に制作の現場は正に修羅場です。しかし、作品には爽やかでさりげない美しさしか見せません。物語の登場人物の苦労は描いても、制作者の苦労が作品に出ない様に心掛けています。
絵本出版への経緯について
私は当初、日本画一筋に描いていく中で、物語絵・絵巻物を描きたいという思いがあったのですが、「絵本」は私とは別の世界の事だと考えて選択肢の中にありませんでした。2004年の日本画個展に、私がご招待した訳では無いのですが、どこかで案内ハガキを見られた福音館書店の編集者が突然現われ、「絵本に興味は無いですか・・・。」と言われました。
その時、中学の頃までは絵本画家にも憧れていた事を思い出しました。現在の風景画・写実画全盛の日本画壇ではなかなか「物語絵」を活かす場所がありません。「絵本」なら「物語絵」の世界が今も生きている場所だと考え、それ以降「絵本」を描いてみたいと強く願う様になりました。
しかし、しばらく出版社からは音沙汰がありませんでした。2007年の個展に、前の編集者と、その後に別の編集者が来られました。その別の編集者が「絵本を描いてみませんか・・・。」と言われて、絵本制作の話が始まり、それ以降私の担当になりました。
それから出版社の都合もあって時間がかかりましたが、苦節6年(本画制作は日本画を用いて8ヶ月かかっています。)をかけて2013年2月に私の初絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』(福音館書店こどものとも)が世に出たのです。
福音館書店の絵本原画の制作が終わった頃、君島久子先生とのご縁もあり、岩波書店の新作絵本『犬になった王子 チベットの民話』制作の話が始まりました。『犬になった王子』は写生旅行、原案・ラフスケッチ制作、本画制作(1年1カ月)など合計で2年余りかかって完成しました。
絵本『犬になった王子 チベットの民話』に出てくる犬について
原話では「金色の犬」としか記されていないので、『犬になった王子』の犬は当初、日本人になじみのある日本犬風にしようと考えていましたが、編集者との協議の中で、やはり現地のチベット犬を描いた方が良いという事になりました。日本であらかじめチベット犬を調べました。
編集者はチベット犬の中で最も有名な「チベタン・マスティフ」はどうかと言いましたが、物語の可愛らしいイメージとあまりに異なるので、私は「チベタン・スパニエル」を基本に描く事に決めました。古来からチベット寺院などで愛玩犬として可愛がられて来た犬という事で、王子のイメージにも合います。
しかし、編集者との話で中型犬のイメージで描く方針になっており、小型犬のチベタン・スパニエルは小さ過ぎます。その後、20日間の「チベット・四川省写生旅行」の折、現地では多くのチベット犬の雑種を見ました。黒色と金茶色の長毛犬がほとんどでした。チベットの大麦畑をスケッチしている時、私に2匹の親子犬がすり寄って来ました。
とても人懐っこいのです。かなりの長い時間私に寄り添っていました。私は現地のチベット犬が私を歓迎してくれて、「私を描いて下さい。」と言っている様に感じました。「よしよし、きっと素晴らしい絵本に描いてやるよ・・・。」と心の中で返事をしました。何か嬉しくて涙があふれそうになりました。
日本に帰ってから、犬の骨格をとらえる為に犬をスケッチしました。なかなかチベット犬はいないでしょうから長毛犬の「キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル」を描きました。この犬はかつて貴族が飼っていたという優雅な犬種ですので、物語のイメージとも合います。
この様に「チベタン・スパニエル」「現地のチベット犬の雑種」「キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル」の3種の犬に、私のイメージを加えて『犬になった王子』の神秘的な金色の犬は出来上がりました。ちなみに作画では、とても高価な金泥(きんでい、純金の粉)を使用しています。
絵本用のパネルのサイズについて
日本画では油絵のキャンバスではなく、通常、木製パネルに「和紙」を貼り込んで使用します。これを紙本(しほん)と言い、他に絹に描く絹本(けんぽん)もあります。通常の日本画制作ではF50号、F100号といった大きなサイズに描く事も多いです。
・『ながいかみのむすめ チャンファメイ』では表紙はP10号(530×410mm)、それ以外はF8号(455×380mm)とF6号(410×318mm)のパネルに描いています。
・『犬になった王子 チベットの民話』では表紙は変形910×410mm、それ以外は変形650×280mmのパネルに描いています。
表紙は結構拡大していますが、それ以外は絵本の1.1~1.3倍位の画面に描いています。つまりは、原画はかなりの細密に描かれているという事です。
以上、後藤さんの人生と絵本について伺いました。後藤さんの人生の経験の深さを知り、また作品にかける、とてつもない気迫を感じました。日本画の方が絵本制作に関わる、きっかけを知ることができて面白かったです。
現在、後藤仁さんの新作絵本の制作が進んでいるそうなので、楽しみです。また、9月には絵本原画展を開催します。詳細は以下をご確認下さい。
■絵本原画展
絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』(福音館書店)、絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)の出版と、日本画画業30年を記念して、日本画・絵本原画展を開催いたします。9月13日(土)には、ギャラリートーク・サイン会、絵本朗読会、その後、オープニングパーティーも開催いたします。ぜひ、ご参加の程、よろしくお願い申し上げます。
饗宴Ⅱ ~後藤 仁 日本画と絵本原画の世界 ~2014年 9月8日(月)〜28日(日)AM11:00〜PM5:00(最終日 PM4:00) 水・木曜日定休 入場無料
〔後藤 仁 ギャラリートーク・サイン会、絵本朗読会(読み手:おおこし きょうこ)〕9月13日(土)PM3:00〜4:30 参加費300円・小学生以下無料(飲み物付)お子様・お孫様と共にお楽しみください。絵本は会場でも販売しています。その後、ささやかなオープニングパーティー(PM4:30〜6:00 参加無料)を開催いたしますので、お気軽にご参加ください。
後藤 仁 来廊予定日;8日、13日、21日、28日(昼~夕方まで)(その他の来廊日、詳しい来廊時間等は、画廊までお問い合わせください。)
「ギャラリーアートサロン」 〒260-0855 千葉市中央区市場町2−6
TEL043-222-2962 FAX043-225-1631〈後藤仁公式ホームページ「後藤 仁(GOTO JIN)のアトリエ」 http://gotojin.web.fc2.com/ 〉
――後藤仁さん コメント
幼い頃より絵を描く事が好きで、15歳で日本画を始めて30年あまりの歳月が流れました。2006年に当画廊で開催した「饗宴~後藤 仁 美人画展」では、千葉テレビのメインニュースや新聞社等のご取材を受け、ご好評の内に終了しました。今回は、それに続く「饗宴」の第2章になります。
「饗宴」をテーマとして、アジアの神秘をたたえた美人画に風景・花鳥画を交えた小品より50号までの日本画を約20点、絵本『ながいかみのむすめ チャンファメイ』(福音館書店)原画全20点と絵本『犬になった王子 チベットの民話』(岩波書店)原画全26点、金唐革紙(きんからかわし:手製高級壁紙)2点にて展覧いたします。
アジア・日本各地の風景・舞踊・文学にインスピレーションを得た日本画と絵本原画の織り成す宴です。
会場にて麗しきひと時をご堪能していただけますと光栄です。ぜひご高覧いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。(この展覧会での売り上げの一部は、東北等への絵本寄贈に有効に活用されます。)
〔主催〕
ギャラリーアートサロン http://www.artsalon.co.jp/
〔後援〕
一般財団法人 日本中国文化交流協会 http://www.nicchubunka1956.jp/index.html
〔協力〕
岩波書店 http://www.iwanami.co.jp/hensyu/jidou/j1311/111242.html
福音館書店 http://www.fukuinkan.co.jp/magadetails.php?goods_id=22975
(案内ハガキ掲載作品「クマリ ─The Living Goddess─〔ネパール〕」F50号・部分)